いすのあゆみ

日々の記録です。

1月2日 文学と語学の日記

1月2日 曇り

卒業論文の執筆のため、語学や文学に時間を使うことができなかった。昼間はひたすら卒論を書いて、疲れたら専門書を読む。この繰り返し。中旬まではがんばろう。それ以降は、文学を読み、語学をがんばる。

就寝前は、詩を読むようしている。この日は、長田弘さんの『深呼吸の必要』をよむ。2回目の再読。長田弘さんの詩は、自分のこころの深いところまでくる。言葉にできなかったものが書かれている。また、自分で言葉にしたけれど、洗練されていない自分の「言葉」をはるかに上回る「ことば」で書かれていたりする。

深呼吸の必要』ではないが、『死者の贈り物』には頭から離れない「ことば」がある。

    「一人の人間のなかには、すべての人間がいる」

               (長田弘『死者の贈り物』ハルキ文庫 2022:p59)

自分をふかく知ることは、他者を知ることにもつながるのだろう。みんな同じもの(感情や思考など)を持っているのではないだろうか。人によって、強度がちがうことがあると思う。

小説を読むと、「共感力」が養われると聞くことがある。僕は読書をしているが、なぜその力がつくのかよくわからなかった。自分に共感力があるのかもわからない。だが、ここ最近になって、小説を読むことは自分を知ることだと思うようになった。たまに、なにも理解できない小説がある。そのようなものを読んでいる際、そこに登場する人物たちに寄り添いながら読む。つまり、「共感できるか」という物差しで読むのではなく、「自分のなかに同じような感情や思考があるのか」と探りながら読む。ときには、目を背けたくなる「自分」に気づくことがある。だが、それを受け入れることも大切だと思う。目を逸らすよりも、それを認めようとすると、自分のこころの幅が広がるのではないだろうか。これを繰り返していくことで、人間のなかにある普遍的なものを知ることができると思う。共感力を養うということは、あらゆる「自分」に気づき、受け入れることだろう。