いすのあゆみ

自由に何かを書けるようになりたいです。

「ねじの回転」と「雪国」を再読しよう

ヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」と「雪国」を読みなおしています。どちらの作品も読みとおしたあとは、モヤモヤがのこりました。そのため、再読後は、以前のぼくとは違った感情がわいてくることを願うばかりです。いまのところはどちらも3割ぐらいしか読めていないですが、あたらしい発見はいくつかありました。「ねじの回転」は原文を読んでいるのですが、まえに内容がつかめなかった英文が読めるようになっていました。語学的な成長をかんじることができるのは、とても嬉しいですね。そして、「雪国」は、登場人物たちの仕草を以前よりは理解できているような気がします。

最初に、「ねじの回転」を初めて読みとおしたときの感想を書いていきます。冒頭の文に目をとおしたとき、原文の難解さに衝撃を受けました。6行という長さに、構文も複雑でした。しかし、難しい単語は使われてはいないです。単語はわかるけれど、内容が全く掴めない英文に出会えたのは、この冒頭の一文が初めてかもしれません。しかし、ここを越えても、挿入や関係代名詞が多用された英文に打ちのめされます。そこで、僕は「これが古典文学の原文なのか」と英語の幅広さを痛感しました。そこで、単語をあたまに入れるだけでなく、読解力の大切さにも気づけました。そして自分の読む力を高めるために、英文解釈の名著たちに挑戦しました。そこで、さらに難解で美しい英文たちに打ちのめされることになりました…。

また、「ねじの回転」は古典文学に興味を持つきっかけにもなりました。内容はひたすら不可解です。終盤に向かっても、そのような状態が変わることもなく物語はおわります。ぼくは、この意味のわからなさを楽しめました。僕自身が変わるにつれて、この作品への自分の解釈がおおきく変わりそうです。とても魅力的です!

 

次に、「雪国」をはじめに読みとおしたときの感想も書いていきます。最初に「おぉ!!」とおどろいたことは、主人公が窓に反射する美女をみるという描写です。巧い!このような描写を書きだすには、日常生活を大切にしないと作り出せないのではないでしょうか。

もうひとつ気になるところがありました。それは、序盤で「駒子」らしき人物を「女」と語り手は述べていたことです。僕が誤読をして、勝手に駒子と女を結び付けている可能性もありますが…。序盤では主人公である「島村」が駒子に気にかけていなかったが、物語が進むにつれて心が彼女のほうへ動きだしていることを、この「女」という語りは表しているのではないでしょうか。

そして、この作品を読みおえたときの感想は、「よくわからない」でした。今回の再読でこの感想が変わることを願うばかりです。もっとぼくに小説をふかく読む力があればなと思います。

 

2022年はいままでに読了した本を再読していこうと考えています。もちろん、新しい本と並行しながら読みます。どのような楽しみが待っているのか楽しみです!